オーディオのこと 14(カートリッジ歴)

 子供の頃、レコードは、プレーヤー、アンプ、スピーカーが一つの箱に入ったポータブルタイプのもので聴いていた。聴いていたレコードはドーナツ盤でテレビまんが(当時はアニメのことをこう呼んでいた)主題歌が主だった。それから段々と映画音楽とか、フォークソングなどを聴くようになってくると中学生の時にシステムコンポを買ってくれた。

 システムコンポというのはレコードプレーヤー、テューナー、アンプ、カセットデッキがそれぞれ別になったものだった。それ以前はセパレートステレオとかモジュラーステレオという一つの大きな箱の蓋を開けるとレコードプレーヤー、真ん中にテューナーとアンプが一体になったレシーバーが組み込まれていて、下がレコードラックやテープデッキが置けるようなスペースになっていた。

 システムコンポはそれぞれ別筐体なのでグレードアップができる。その後、大学に入るときにレコードプレーヤーとスピーカーを少し良い機種にした。

 しかし、買替える前よりも必ずしも音が良くならなかった。どうしようかと思っていたらカートリッジを替えると音が良くなるのではないかと思いヤマハのMC-9という単体カートリッジに替えてみたところ、俄然、音が活き活きとしてきた。これがきっかけでオーディオに興味を持つようになった。

 カートリッジの針先は摩耗して減るものだと思っていたので、定期的に替えていた。記憶を辿るとその後、オーディオテクニカのAT-150E/G、ハイフォニックMC-3、オルトフォンVMS20Ⅱ、オーディオクラフトAC-05Mを使ってきた。

 その後、やはりカートリッジはオルトフォンのSPUを使いたいのでレコードプレーヤーとアームを一新してカートリッジをオルトフォンSPUに替えた。SPUは自重が重く一般的なアームでは取り付けられないことがあるためレコードプレーヤーと一緒にアームも取り替えなければならなかった。

 それからSPUの様々なバージョンを聴いてきた。Gシェル、Aシェル、シェルなしのタイプも使用した。20年以上は、それこそ悪戦苦闘しながら聴いていた。SPUこそがカートリッジの原型と思っていたのでいい音が出ないときは、アームの調整不足ではないかとかレコードプレーヤーのセッティングが悪いのではないかとか、カートリッジの取り付け方が悪いのではないかなど、見落としている可能性を探して、様々なことを試しては元に戻すということを繰り返していた。

 7年ほど前にフェーズメーションのカートリッジが気になり、メーカーから試聴品を借りて聴いてみた。借りた機種はPP-300、PP-1000、PP-MONOだった。するとSPUよりも伸びやかで解像度も高い音が聴けたのでSPUを諦め、フェーズメーションのカートリッジを購入することにした。PP-300とPP-1000では値段が3倍違い、音もそれなりに違うがPP-1000は買えなかったのでPP-300にした。翌年にはモノラルカートリッジも追加した。

 3年前にはカートリッジのグレードアップをしようと思い、新しく出たばかりのフェーズメーションのPP-500とPP-2000の試聴品を借りた。500と2000は値段が2倍違うのだが、500の方が新しいのでそれなりに良いのではないかと思ったが、音を聴くと圧倒的に2000の方が音が良かった。結局、PP-2000を買って現在に至っている。

 

 一時はなくなるかと思っていたアナログカートリッジだが、ここに来て再び製品数が増えてきた。そこで自分なりにカートリッジのことについて書いてみたい。

 カートリッジの発電方式はコイルと磁石のどちらかを動かして発電するというものだが、その内、コイルを動かす方をMC(ムービングコイル)、磁石を動かす方をMM(ムービングマグネット)と呼んでいる。

 市場にはMC型のカートリッジが多いが出力電圧が低いので何らかの昇圧手段が必要となる。一般的には昇圧トランスを使うことが多い。今、市販されている昇圧トランスは低インピーダンスから高インピーダンスまで適応できるようになっている。

 

 カートリッジにはステレオ用とモノラル用がある。MCカートリッジの場合はカンチレバーに付いているコイルの向きが45度傾いている。ステレオカートリッジのコイルは◇型だが、モノラルは□型になっている。ステレオレコードは左右45度方向に動くことによって2チャンネルの信号を拾う様になっている。モノラルは水平方向の信号だけを拾うようになっているので、コイルの向きが違っている。ステレオカートリッジでモノラルレコードをかけても音は出るが、欠落する信号があるような音になり、物足りなさが残る。モノラルレコードも聞くのであればモノラルカートリッジもできれば揃えておきたい。

 値段が高く音質も良いステレオカートリッジがあればモノラルカートリッジは必要ないと考えていたこともあったが、発電効率のことを考えるとステレオカートリッジはモノラルカートリッジの代用にはならないと思う。

 

 カートリッジのカタログに記載されていることで気にしておきたいのはスタイラス(針先)の形状とカンチレバーの素材。

 スタイラスの形状には丸針、楕円針、ラインコンタクト針がある。ラインコンタクトとはスタイラスとレコード溝が線接触になるような形状をしたものをいう。メーカーによってはシバタ針、レプリカントという呼び名もあるがラインコンタクトの一種である。それによって高域がよく伸びるようになった。丸針は中音域の張り出しが特徴的、ラインコンタクトは高域から低域まで解像度が高い音が聴ける。楕円針はちょうどその中間という感じだ。

 カンチレバーとはスタイラスが付いている棒状の部分で先にはスタイラス、根元にはコイル(MC)またはマグネット(MM)が付いている。このカンチレバーの素材にはアルミが長らく使われてきた。かつてはサファイアやダイヤモンド、カーボンといった素材が使われてきたこともあった。現在、ダイヤモンドは一部の高級機種だけで、普及機はアルミ、中級機から高級機はボロンが使われている。アルミとボロンではボロンの方が硬くて軽いのでレコード溝への追従性が高いと思う。アルミは安定感がある音、ボロンは解像度が高く彫りが深い音がする。

 

 昨今は、アナログブームのせいかカートリッジの数が増えてきて、各メーカーともラインナップを揃えてきている。スタイラスの形状やカンチレバーの素材などカタログに書かれていることで製品を差別化して、値段を変えているメーカーもあれば、カタログに書かれていることは変わらないのに、値段だけが違うというラインナップにしているメーカーもある。一度そのメーカーの試聴会があったときにカタログでは同じスタイラスカンチレバーを使用しているのにどうしてこんなに値段が違うのですか、と訊いてみたことがある。音を良くする「ツボ」のようなものがあって、そこに手間ひまを掛けると音が良くなるのだそうだ。具体的には企業秘密なのでそれほど詳しくは教えてくれなかった。しかし、音を聴くと確かに値段通りの違いはあった。カタログに書かれていることだけでは音が判るわけではないのでやはり聴いてみなければならない。しかし、カートリッジはメーカーの試聴会でもないとなかなか聴く機会というのがなく、また、試聴会で聴く印象と自宅で聴く印象は違うこともある。

 カートリッジも値段が高ければいい音がするというのは、残念ながらその通りだ。8万円と10万円なら8万円の方がいいということはあり得るが、10万円と20万円なら確実に20万円の方が良く、まず例外はない。

 かつては量産されていたが、今は一つ一つが手作りなのでコストアップは避けられないようだ。しかし、以前はダイヤモンドのスタイラスもレコードをかける度に摩耗して減っていくとされていたが、今は結晶軸の向きを工夫するなどして減らないようにしている、ということもメーカーの方から聞いたことがある。スタイラスが摩耗しないのであれば針交換価格を気にせずに思い切って高いカートリッジを購入しても良いのではないかと思う。