オーディオのこと15(トーンアームについて)

 一般的にはオーディオコンポーネントで「レコードプレーヤー」というと、カートリッジが付いてなくフォノモーター、キャビネット、トーンアームが一体になっている機器を指すことが多い。アナログ全盛時代はフォノモーターやトーンアーム単体の製品もあり、キャビネットは自作するということもあった。

 CDが普及するにつれ単体フォノモーター、単体トーンアームは次々に市場から姿を消していった。フォノモーターは全く姿を消したが、単体トーンアームはSMEが残っていた。 SMEアームの代表的なタイプは3009、3010、3012というJ字型のアームだろう。数字の違いは長さの違いである。左右のラテラルバランスやインサイドフォースキャンセラーなどを徹底的に細部まで調整できるような、まさにマニア心を擽るような使い方ができるアームだった。

 25年ぐらいSMEの3010Rのアームを使ってきたが、数年前にレコードプレーヤーのモーターが壊れたためプレーヤーを買替える時に、アームももっと使いやすいタイプに買替えることにした。

 取替えたアームはオルトフォンの212Sだった。SME、イケダ、グランツもあったがレコードプレーヤーと一緒となると予算的に買えなかった。オルトフォンの212Sというアームは一度取り付けると針圧と高さ調整さえ正しく取っておけばいいので使いやすかった。

 それまで使っていたSMEのアームでは上だけにガイドピンが付いているシェルだと下側に隙間が出来てしまっていた。そのため上下にガイドピンが付いているシェルを使用していた。オルトフォンのアームに替えてからもそのシェルを使用していたが、より重量級のシェルにしようとイケダのシェルにした。イケダのシェルはガイドピンが上に1本だけだがオルトフォンのアームにはしっかりと結合できた。

 

 18年秋に出版されたオーディオ誌でトーンアームの特集をしていた。久しく市場から姿を消していたトーンアームだが、アナログブームにより次第に製品数も増え特集記事まで組まれるようになったらしい。早速購入して読んでみた。特集記事にはスタティック型よりもダイナミック型の方が、レコードの反りに対して常に針圧を保ち続けられるので、音質的には有利だという趣旨のことが書かれていた。

 オルトフォン212Sはスタティック型だった。オルトフォンではダイナミック型のアームも出していたのでそちらが気になってきた。そこでアームについてグランツという国産アームメーカーの方からいろいろと訊いた。するとスタティック型とダイナミック型では特に優劣はなく、S字とストレートではストレートの方が音はよく、ショートロングではロングの方が音はいい、との回答をいただいた。針圧の印加方式が音には直接関係ないというのは目からうろこだった。

 オーディオ試聴会のときに、グランツのアームを試聴用に使用していたカートリッジメーカーの方にも訊いてみた。試聴用に国産C社のダイナミックバランス型のアームも使用したことがあるが、故障が多く押さえつけたような印象の音になる、とのことだった。

 メーカーの方々の回答を聞きいれて、グランツのSH-104Sアームを購入することに決めた。購入したアームはオルトフォンと同じくS字でスタティック型だが、軸受けの造り、材質の違いもあり値段は数倍違っていて、自分ではかなり無理をして買ったが値段通りの製品で音もよかった。

 グランツのアームに替えてもイケダのシェルをそのまま使用したが、アームに取り付ける時に少し押し込んでからでないとヘッドコネクタをしっかりと閉められなかった。A社のアームにはシェルが付属しているが、こちらはスムーズに取り付けられた。おかしいと思って二つのシェルを比べるとイケダのシェルの方がアームに差し込む部分が1㎜ぐらい短かった。このことについてグランツの方に質問すると、規格は特になく、グランツではこの規格で昔からシェルもアームも作ってきたということだった。しっかりと結合させないとせっかくのアームの性能が発揮できないと考え、結局モノラルカートリッジ用にグランツのシェルを追加で購入することにした。規格がないとなるとシェルとアームは同じメーカーを選ぶ方がいいかもしれない。

 

 トーンアームにはレコード盤からアームを上げるアームリフター、レコードをかけていないときにアームを固定しておくアームレストが付いている。これをアーム本体から外すと音が良くなるとA社のカタログには書かれている。一般的にはアームに固定されていて取り外しはできない。が、購入したグランツのアームはネジを外して取り外せるようになっている。外した後は別売のアームリフターとアームレストが用意されていて、それをレコードプレーヤーの上面に載せて取り付けるようになっている。このアームは可動範囲が決まっているのでレストの位置を間違えるとレコードの内周で止まってしまうことがある。その可動範囲を調整してレストの位置を決めなくてはならない。そして、アームの高さを決めたところでリフターの高さも決めるという手順で行わなくてはならない。最初は戸惑ったが、なんとかアームがスムーズに動く位置にレストとリフターを固定することができた。レストとリフターを外すと左右の分離が良くなり奥行きが出てきた。各楽器もやわらかくはっきりしてきて、特に低音楽器がよく聞えるようになった。アーム本体からレストとリフターを外すことによる音への効果は予想以上のものだった。

 

 

 続いてトーンアームの種類について書いておきたい。トーンアームにも様々な種類がある。スタティックバランス型とダイナミックバランス型、S字型とストレート型、ショートとロングなどがある。

 スタティック型とダイナミック型は印加方式の違いのこと。アームはカートリッジを付けた状態で前後に水平にするゼロバランス状態にして針圧をかける。スタティックバランスというのはゼロバランス状態からウエイトを前にずらして針圧をかける方式で、ダイナミックバランスというのはゼロバランスからスプリングで針圧をかける方式だ。グランツのメーカーの方はこの方式に優劣はないと答えてくれたが、オーディオ誌の記事やSPUなどの重量級のカートリッジを使用している方の中にはダイナミック型の方がいいという方も多い。

 

 S字型とかストレート型というのはアームパイプの形状でストレートは真っ直ぐ、S字というのは2カ所が曲がっているアームパイプで1カ所だけ曲がっている場合はJ字と呼ぶ。グランツの方はストレートの方が確かに音はいいが、それでは付けられるカートリッジが限られるのでS字にしているということだった。海外製にストレートが多いのはアームパイプを曲げる技術がないからということも話していた。

 使い勝手を考えるとストレートアームはカートリッジ交換がしづらく、カートリッジを付けたり外したりするときにアームと一体になっているリード線を切ってしまいかねない。万が一切ってしまうとメーカーに修理に出さなくてはならなくなってしまう。それを考えるとカートリッジはヘッドシェルに取り付けて、アームに付けたり外したりすることができるユニバーサルタイプがいいのではないかと思う。

 ロングとショートでは、ロングの方が音はいいことはわかっていても、ロングは使用するレコードプレーヤーが限られる。またそのようなレコードプレーヤーは値段も高価で最低でも100万は覚悟した方がいい。そのため音がいいと言われてもロングアームを使う選択肢は最初からなかった。

 

 トーンアームは、S字であればアームパイプが内側に曲がり、ストレートであればカートリッジを内側に向けて取り付けるようになっている。この曲げの角度をオフセットアングル(※なぜオフセットアングルがあるのかについては長くなるので省略)という。このオフセットアングルを付けてレコードを回すと内側に引っ張られる力(インサイドフォース)が働く。この内側に引っ張られる力を相殺するために外側に引っ張る力を加えるための機構がトーンアームには設けられている。それをインサイドフォースキャンセラーという。一般的にアームの取扱説明書やアナログオーディオの使いこなしの本には、このインサイドフォースは針圧と同じ力なのでインサイドフォースキャンセラーも針圧と同じ値に設定して使用するようにと書かれている。

 あるとき、カートリッジのカンチレバーが曲がっていることに気づき、オーディオ試聴会で、そのカートリッジメーカーの方に修理できますかと尋ねたら、インサイドフォースキャンセラーを使うと曲がってしまうことがよくあると言われた。カートリッジの針先はレコードの溝の中でグルグル回っているだけだからインサイドフォースキャンセラーは使わなくていいとも説明してくれた。また、もし内周部で歪むことがあるなら0.5グラム以内でかけてもいいが、歪まないのであれば使用しない方がいい、ということだった。

 これには本当に驚いた。今までオーディオ誌や取扱説明書に書かれていたことは一体何だったのかと思った。それからインサイドフォースキャンセラーを使うことは止め、カンチレバーが曲がったカートリッジも間もなく修理されて戻ってきた。

インサイドフォースキャンセラーについては、ステレオサウンド誌202号の特集記事「アナログレコード再生のためのセッティング術」のなかでオーディオ評論家の柳沢功力(やなぎさわ いさお)氏が詳しく解説されている。その趣旨を要約すると「インサイドフォースはレコードの外周と内周、および刻まれた波形の状態により刻々と変動する現象なので、定量的に捉えることは全く不可能である。そのためインサイドフォースキャンセラーはあまり意味がある機構ではない」と結論づけている。

 このとおりなら、インサイドフォースキャンセラーを針圧と同じ値に設定すると、針先は常に外側に引っ張られ外側の溝(右チャンネル)に押し付けられていることになる。これでは針先の偏摩耗にもなるし音のバランスも崩れることになる。

 

 また、カートリッジメーカーの方から、アームはウエイトを軸受け側に寄せた方がレコードの溝や反りに対する追従性が高くなって音が良くなるともお聞きした。ウエイトを前にずらせる余裕があったので、ウエイトに鉛テープを貼って軸受けに近づけてみた。やはり音が落ち着いてきてそれなりに効果はあったようだ。今は針圧計が容易に入手できるようになったので厳密にゼロバランスをとらなくても、針圧計で厳密に針圧をかけることができるようになった。

 

 アームの中にはトラッキングエラーをゼロにするリニアトラッキングアームというのもある。高額な製品が多いが市場には何種類か存在する。レコードの外周から内周にかけて半径を一直線に進むタイプ、あるいは回転軸を持ちながらも複雑な構造を介して常時カートリッジの向きを保ちつつトレースしていくタイプがある。

 しかし、トラッキングエラーがゼロになるとはいえ複雑な構造のアームは振動などの様々な問題を抱えることになる。グランツの方も機構が複雑になるのは振動の原因になると話していた。アームレストとリフターを外した時の音の効果を考えるとアームはできるだけシンプルな造りの方がいいと思う。

 

 オフセットアングルをつけないピュアストレートアームというのもある。フィデリックスというメーカーが単体で出しているし、昨年、鳴り物入りで復活したヤマハのレコードプレーヤーもこのアームになっている。かつてオーディオ評論家の故・江川三郎氏が「アームパイプを曲げると力学的な歪みが発生して音を濁らせる」として発表されたアームである。このことは先程のA社の方がストレートの方が音はいいということと符合する。

 ピュアストレートアームはストレートとユニバーサルのいいところを持ち合わせたアームだが、真っ直ぐなので外周と内周でトラッキングエラーが増える。グランツの方からはピュアストレートアームはトラッキングエラーの影響はあると聞いた。ヤマハではピュアストレートアームをつけたレコードプレーヤーを出しているが、試聴会の際にメーカーの方はストレートにしたことによるトラッキングエラーの位相差は無視できる程度のものでしかなく、むしろレコードの溝が引っ張る力に対して真っ直ぐに受けることができるメリットの方が大きいと説明していた。

 

 単体トーンアームが市場から消えつつあるときに何とか頑張っていたSMEも19年暮れにアーム事業から撤退した。しかし、かつてアームを作っていたサエクがアーム事業に復帰したし、イケダも新製品を出した。また、JELCO(市川宝石株式会社)という時計など精密機械に使われる宝石の軸受けを作っている会社がスタティック型、ダイナミック型、ショート、ロング、ジンバルサポート、ナイフエッジといった様々なアームをリーズナブルな価格で製品を出している。他にはグランツが普及品から高級品まで揃えている。

 海外製の単体トーンアームは、SMEが撤退した今は、ストレートアームかリニアトラッキングアームが主流となっている。リニアトラッキングアームは構造が複雑で値段も高い。ストレートアームはカートリッジ交換には事故がないよう十分気をつける必要がある。

 

 アナログシステムではカートリッジに主に関心が行くが、カートリッジの性能を発揮できるかどうかはトーンアーム次第だと言ってもいい。例えば10万円のカートリッジと50万円のトーンアームの組み合わせと、50万円のカートリッジと10万円のトーンアームの組み合わせを比較すると前者の方がいい音がする可能性が高いのではないかと思う。安いカートリッジでもいいトーンアームに付ければ能力を発揮できるが、高いカートリッジでもほどほどのトーンアームではほどほどの音しか出ないからだ。それぐらいカートリッジよりもトーンアームの方がアナログの音を左右すると考えている。