オーディオのこと 26    (レコードの「音の良さ」とは)

 アメリカでレコードの売り上げが30年ぶりにCDを上回った、というニュースがあった。その理由としてレコードは、CDでは切り捨てている可聴周波数より高い音でも再生できるからと言われていた。

 このことはCDが出てきた80年代から話題になっていた。CDのスペックはサンプリング周波数が44.1kHz/16ビットで20kHzぐらいまでしか再生できないとされてきた。人の可聴周波数帯域は20Hzから20kHzぐらいだからCDでは聞こえなくてもいいとされたのである。しかし、レコード擁護派からは、聞こえなくてもそれよりも高い周波数を何らかの形で感じているのだから20kHzで切るのはおかしい、だからレコードの方が音はいいという主張がこの頃からすでにあった。それが今、レコードの売り上げがCDの売り上げを上回ったというニュースを受け再び主張されたのである。

 しかし、この説には疑問がある。というのもレコードで20kHz以上の音を再生するのは容易ではない。まずカートリッジ、トーンアーム、レコードプレーヤーを吟味してセッティングを綿密に行ってようやく出るか出ないかという音なのである。それどころかそもそも録音の段階から20kHz以上の高域が入っているソフトがどれだけあるかということもある。どんなレコードでもそれだけの高い周波数の音が入っているとは限らない。録音の段階で入っているどうかも判らず、入っていて再生されたとしても聞こえない音を本当に感知してレコードの方が音はいいという主張にはどうしても無理があると感じてしまう。

 

 最近のアナログブームを背景に、各メーカーは若い人をオーディオに取り込もうとアナログ関連製品も増えてきた。しかし、そんな手頃な価格の製品はどう考えても20kHz以上が再生できる製品には思えない。メーカーはそれでもレコードはCDよりも高い周波数が再生できることを売り文句にするのだろうか。

 

 私がレコードを捨てることなく聴き続けてきたのは高い周波数が出るか出ないかではなく、レコードの方が「表現力」というのか微妙な強弱の変化などが優れているからだ。

 例えばフルトヴェングラーの52年ウィーン・フィルを指揮したスタジオ録音のタンホイザー序曲の録音がある。冒頭はクラリネットファゴット、ホルンのアンサンブルがあるが、これがCDだと管楽器がなっているという程度なのだが、これがレコードだと各楽器が絶妙なハーモニー作り上げているのがよく聴き取れる。

 レコードでも英盤ALP1220と仏盤FALP30039と2種類あるが、1220ではタンホイザー序曲はローエングリン第1幕への前奏曲と一緒に片面にカッティングされている。30039では片面にタンホイザー序曲だけがカッティングされている。「音がいい」のは30039である。1220では楽器がハーモニーを奏でているなという感じは判るがそこまでで、30039ではクラリネットファゴット、ホルンのハーモニーを指揮者が絶妙なバランスを保たせながら指揮しているのか手に取るようにわかるのである。これはあくまでもほんの一例にすぎない。この演奏でも他にこういう箇所はいくつもあるし、他の曲でも、他の演奏家でも同じだ。こういうことが聞こえてくると何が違うかというと聴く側の緊張感が違う。理屈や知識から来るものではなく、聴いた瞬間の、はっとしたときの緊張感である。その表現を聴くためにソフトをあれこれ買い直し、オーディオ機器を吟味して多額の投資をし、セッティングに拘って試行錯誤を繰り返すのである。

 

 メーカーにしても音楽ジャーナリズムもレコードの良さを正しく発信してもらいたいと思う。