オーディオのこと 36(上杉研究所のプリアンプの変遷)

 2020年秋に上杉研究所から待望のプリアンプU・BRОS-280Rが発売されるという告知があった。1月に納品される予定が諸般の事情により3月末になった。この280Rのことについて書く前に同社のプリアンプの移り変わりを書いておきたい。

 同社のホームページには設立趣旨が書かれている。そこから引用すると「一貫してオーディオアンプにおける真空管の優位性を主張してきた創業者上杉佳郎氏は、この主張の正当性を、製品化を通じて市場へ提供する目的で1971年に有限会社 上杉研究所を設立」した、とある。この頃すでにアンプは真空管からトランジスターへ変わっていた。設立当初は兄の上杉卓郎氏と共に製作していて、継続生産品に付けられる「U・BRОS」というのは「ウエスギブラザース」の略で、限定品に付けられる「UTY」はウエスギ、タクロウ、ヨシオの頭文字から来ている。

 1975年に上杉研究所の最初のプリアンプU・BRОS-1が出た。フォノイコライザーアンプが内蔵されていて電源が別筐体になっていた。アンプというのは大きく分けて電源部と増幅部に分けられる。アンプというのは交流の音声信号を直流で増幅する機器であり、電源部は50Hz(東日本)または60Hz(西日本)100ボルトの交流電源から直流電源を作る役割を持っている。真空管の場合は数百ボルトの直流電圧が必要になるが、これは人体には危険なためアンプの内部で作っている。そのためむやみに素人がアンプの内部に触らない方がいい。電源部を別筐体にするメリットは、カートリッジから送られてくる数ミリボルトという低い電圧と数百ボルトという高い電圧を扱う部分を別々にすることによって干渉を少なくすることにある。

 U・BROS-1は、見たことはあるが音を聴いたことはない。横に長く普通サイズのラックには入らないと思われる。それと別に電源筐体があるのでかなり置き場所には工夫が必要になるだろう。

 1988年にU・BROS-8が発売になった。理由はU・BROS-1の発売から13年が経ち、当時と同じパーツを入手することができなくなったためのようだ。U・BROS-8はフォノイコライザーが除かれ、電源部と増幅部が一体となり、ラックに収めやすくなった。すでにこの頃はCDが主流になりフォノイコライザーを不必要とする傾向が出てきたためラインアンプとして発売したらしい。この頃CDが普及してきたことに伴い、プリアンプ不要論が持ち上がっていた。CDプレーヤーから音量調整だけのフェーダーボックスに入れ、パワーアンプに接続する方が音はいいという考え方である。それに対して上杉研究所では、プリアンプは、デジタル機器特有のコモンモードノイズを除去したり、デジタルソースを無機的人工的ではなくしなやかでナチュラルなサウンドにしたりするというプリアンプの必要性を説いていた。このアンプは試聴したこともなく、実物でも見たことがない。

 1990年にU・BROS-12が発売になった。U・BROS-8はコストパフォーマンス重視だったがU・BROS-12はプリアンプとして極限の性能に挑戦して設計開発した、とカタログには書かれている。このアンプを購入したのが1992年で今まで使ってきた。

 1993年にU・BROS-18が発売された。この頃になるとCDプレーヤーも高級化が進み、出力端子にバランス端子を装備する機種が増えた。上杉研究所ではアンバランス電送の方がシンプルでいいという立場だったが、ユーザーからの要望も多く、バランス入力を装備したプリアンプを発売することにしたようだ。

 アンプにバランス入力端子がなくて、CDプレーヤーにバランス出力端子がある時、プリCDプレーヤーのバランス出力を生かすために、バランスをアンバランス(RCAピンプラグ)に変換するケーブルで接続するといいというのは止めた方がいい。最悪の場合、アンプが壊れることがある。オーディオメーカーでそのようなバランスをアンバランスに変換する端子のケーブルは発売していないのはそのためである。このアンプは東京のオーディオ店で一度見たことがあり、音も聴かせてもらったが違いまではわからなかった。スペックではU・BROS-12とほとんど変わらない。

 1994年にUTY-12が発売された。この頃からもうなくなりかけていた真空管アンプの製品が少しずつ増えてきた。そのため上杉研究所でも少しでも多くの方々に真空管アンプの良さを理解してもらうために価格を抑えた製品を出したということらしい。この製品は中古で見たことはあるが、聴いたことはない。

 2002年にU・BROS-28が発売された。U・BROS-18とほとんど変わらないように見える。通常の真空管アンプ真空管式のパワーアンプとの組み合わせを前提として設計されているが、U・BROS-28は入力インピーダンスが10KΩ以上のトランジスタアンプと接続してもベスト・マッチングする、とカタログには書かれている。この製品は見たことも聴いたこともない。

 2004年にU・BROS-31が発売された。これはU・BROS-30というパワーアンプと対になるプリアンプを発売して欲しいという要望に応えるために発売されたらしい。U・BROS-30はかつてキットバージョンとして発売していたU・BROS-1Kというモデルを再発売して欲しいという要望に応えるために発売されたアンプだった。このアンプのMarkⅡバージョンを高域用アンプとして使用している。

 U・BROS-31はラインアンプではなくフォノイコライザーアンプとトーンコントロールが内蔵されたアンプだったが、価格を抑えるためバランス入力は省かれた。この製品は見たことも聴いたこともない。

 2010年に上杉研究所の創業者である上杉佳郎氏が逝去された。これでウエスギアンプも終わりかなと思ったが、現代表の藤原伸夫氏が後継者となって新製品を出すことになった。藤原氏は日本ビクターやフェーズメーションにいた方で超弩級トランジスタパワーアンプの設計製作もされていた。

 2011年にU・BROS-2011PとU・BROS-2011Mというプリアンプとパワーアンプのセットが発売された。2011Pがプリアンプで2011Mがパワーアンプである。2011PはU・BROS-28をベースにフォノイコライザーアンプを内蔵させ、電源スイッチも「バチン」と入れるトグルタイプからロータリー式となった。

 2011Pと2011Mの組み合わせは試聴会で聴いたことがある。ラックスマン、オクターブ、上杉研究所という合同の試聴会だった。製作者が変わってもウエスギの音が継承されていて尚且つ進化していることを実感できた。もしかしたら使用していたU・BROS-12よりも良かったかもしれないが、買替えたいとまでは思わなかった。

 2015年にU・BROS-280が発売された。これまでのウエスギアンプとの相違点は、双三極管で左右の信号を増幅していたが、それを左右独立の真空管を採用することにしたこと、低域補正機能が付いたこと、リモコンで音量調節ができるようになったことなどが挙げられる。

 280はU・BROS-12を修理に出している間の代機器としてお借りして自宅で試聴したことがある。左右の分離がよく低音がとても良く出ていた。過大な音が入力するときには歪み気味だった音が、余裕があるためか音がストレートに出てくる感じだった。2011Pよりもはっきりとウエスギアンプの進化を感じ取れた。しかし、その頃すでに次期モデルの話を伺っていたのでそのモデルを待つことにした。

 2020年10月に待望のU・BROS-280Rが発売するとのアナウンスがあり、概要が発表された。280は増幅部を独立させたことに加え、280Rは電源とボリュームも左右独立になった。モノラルのプリアンプ2台が一つの筐体に収っているような感じににった。これは確実に音が良くなる要素なので試聴せずに購入を決めた。

 近いうちに納品の予定なので詳しい試聴記はその時に書きたい。U・BROS-12、280、280Rを比較して技術的にここが変わると音がどう変わるかということを中心にした内容になると思う。