オペラ夏の祭典2019-20 「ニュルンベルクのマイスタージンガー」

 令和3年(2021年)11月21日(日)、新国立劇場オペラパレスで楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」を観てきた。指揮は大野和士、演奏は東京都交響楽団。合唱は新国立合唱団と東京二期会合唱団。

 2020年の東京オリンピックに 合わせ「オペラ夏の祭典2019-20」として2019年に「トゥーランドット」、2020年に「ニュルンベルクのマイスタージンガー」が上演される予定だった。それが昨年6月の公演が中止になり、また今年8月の東京文化会館の公演も中止になって、今回、新国立劇場でようやく上演することができた。ただ、合唱団の人数は少なかった。

 主な配役は次の通り

ハンス・ザックス:トーマス・ヨハネス・マイヤー(バリトン

ファイト・ポーグナー:ギド・イェンティンス(バス)

クンツ・フォーゲルゲザング:村上 公太(テノール

コンラート・ナハティガル:与那城 敬(バリトン

ジクストゥス・ベックメッサーアドリアン・エレート(バリトン

フリッツ・コートナー:青山 貴(バリトン

バルタザール・ツォルン:秋谷 直之(テノール

ウルリヒ・アイスリンガー:鈴木 准(テノール

アウグスティン・モーザー:菅野 敦(テノール

ヘルマン・オルテル:大沼 徹(バリトン

ハンス・シュヴァルツ:長谷川 顯(バス)

ハンス・フォルツ:妻屋 秀和(バス)

ヴァルター・フォン・シュトルツィング:シュテファン・フィンケテノール

ダーヴィット:伊藤 達人(テノール
エヴァ:林 正子(ソプラノ)

マグダレーネ:山下 牧子(メゾ・ソプラノ)

夜警:志村 文彦(バス・バリトン

演出:イェンス=ダニエル・ヘルツォーク

 

 第1幕、冒頭の前奏曲の出だしは巨大な音響で始まった。全曲を通じてオーケストラの最大の音響だった。前奏曲が終わると教会の合唱が始まるが、人数が少ないためどうしても盛り上がりに欠けたのは否めない。主催者側も合唱の人数を減らしたのは苦渋の決断だったと思う。すでに2回も公演が中止になっているので何としても公演にこぎ着けるには合唱の人数を減らすしかなかったのだろう。

 合唱の後、エヴァとヴァルターが互いに惹かれ合う印象的な場面がある。「ワルキューレ」のジークムントとジークリンデ、「トリスタンとイゾルデ」のトリスタンとイゾルデでも同様な場面があり、ワーグナーはこういう場面の描写に長けているので、果たしてマイスタージンガーではどうなるのか期待して聴いていたが、思いの外あっさりとしていた。

 続いてダーヴィットがマイスターになるための説明をするがここは丁寧に歌っていたと思う。その後、ヴァルターはポーグナーにマイスターになりたいと打ち明ける。マイスターたちが入場してコートナーが点呼を取る。ポーグナーヨハネ祭で優勝した者、マイスターの芸術を体現できる者に一人娘のエヴァを嫁にやりたいと提案し受入れられる。ポーグナーが一人の騎士をマイスターにと推薦してヴァルターが入ってくる。ベックメーサーが記録係となって試験が行われる。間違いは3回までで黒板に白墨で書く音でミスと分かるようになっているが音がしなくて今ひとつわからなかった。曲の途中で失格となりベックメーサーは試験終了を告げる。ザックスはもう少し聴いてみようと提案するが、他のマイスターたちも終了に賛成して試験は落第となる。ヴァルターもマイスターに愛想を尽かして退場する。

 

 第2幕はその日の夜。エヴァはヴァルターがマイスターの試験に落ちたことを知る。夜なべをしているザックスのところにエヴァが来て、ザックスからヴァルターがマイスターになる見込みがないと知ると怒って出て行く。マグダレーネがベックメッサーから窓のところにエヴァを立たせておいて欲しいと頼まれたことを告げるが、エヴァは代わりにマグダレーネに立ってもらうように告げる。エヴァはヴァルターと会い駆落ちを企てるがザックスに気づかれてしまい二人は足止めを食ってしまう。ここでザックスが靴作りの歌を歌ってエヴァを牽制するのだが、声が今ひとつ聞き取りにくかった。

 そこにベックメッサーが現れて窓にいるマグダレーネをエヴァと思ってセレナーデを歌う。それをじゃまするようにザックスが歌うので、ベックメッサーはザックスに自分の歌を審査するように注文して黙らせようとする。ザックスは歌うのを止めるがベックメッサーが歌い始めると槌を振り下ろす。何度も振り下ろし靴もできあがりベックメッサーも歌い終わると、マグダレーネに求愛していると思ったダーヴィットがベックメッサーに飛びかかり、近所からも人々が飛び出してきて大騒動になる。ザックスは家にヴァルターを引き入れ、エヴァは自宅に戻り、夜警が出てきて第2幕が終わる。

 

 第3幕は翌朝から始まる。有名な第3幕への前奏曲でではザックスの「諦念の動機」が奏でられ、ザックスの「迷妄のモノローグ」が語られる。ヴァルターが起きてきてザックスの導きでマイスター歌曲(ヴァルターの夢解きの歌)の第1バールと第2バールを完成させ、ザックスはそれを紙に書き留める。このときのヴァルター役のフィンケの歌唱は見事で、試験の時との違いがはっきりとわかる。第3バールを作るよう促すがまだ時間がかかりそうだった。身支度すをするためザックスとヴァルターは部屋を出て行く。

 このザックスの部屋の上が美容室のセットになっていてエヴァがおめかしをしている。エヴァがいなくなった後、マイスター試験のとき点呼を取っていたコートナーが入ってくる。ヴァルターはザックスの部屋を出て行き、上の美容室に入ると、コートナーがヴァルターから身を隠すように隠れる。マイスターたちはヴァルターを試験で落としたことに後ろめたさを感じているという演出だったのだろうか。

 ザックスの部屋にベックメッサーが入ってくる。ヴァルターの詩を書き留めた紙をザックスが作った詩だと早合点して持って行く。その後に身支度を調えたエヴァが入ってきて靴が合わないとザックスに注文する、そこにまた身支度を終えたヴァルターが入ってくる。エヴァとヴァルターは見つめ合うとザックスは第3のバールができたのではないかと促しヴァルターは第3バールを歌い始める。

 その後ダーヴィットとマグダレーネも入ってきてダーヴィットを証人とするため徒弟から職人にする。その後、五重唱が始まる前にエヴァが歌い始めるが、この時のエヴァ役の林正子の歌唱が素晴らしかった。

 続いて舞台転換の音楽となり舞台袖の客席にホルンとトランペットのバンダがファンファンレーを奏でる。冒頭から音を外していたが、これは徒弟たちが演奏しているという演出のためわざと下手に演奏したのか、それとも本当に音を外したのかよくわからない。

 靴屋、仕立屋、パン屋の徒弟たちが歌い、続いて隣町の娘たちと徒弟たちが踊り(徒弟たちの踊り)そこにダーヴィットも加わる。続いてマイスタージンガーの動機に合わせてマイスターたちが入場してくる。

 歌合戦が始まり、ベックメッサーが自分のセレナードの旋律にザックスの部屋でもらった詩を充てて歌い出すが、民衆やマイスターたちには意味がわからず嘲笑を買う。嘲笑を浴びたベックメッサーは、これはザックスの歌だと叫んで退場する。民衆とマイスタージンガーたちは一体これはどういうことなのかとザックスに詰め寄ると、ザックスは、この歌が本当は素晴らしい歌で、それを歌うことができる「証人」を呼びたいと訴え、ヴァルターが入場してくる。そこで「朝はバラ色に輝きて」を歌う。セットの違いと思うがザックスの部屋の中で歌ったときの方が歌唱はよかった。

 ザックスの訴えが認められヴァルターにマイスターの称号が与えられる。普通は月桂樹の冠が与えられるが、今回の演出では肖像画を授けるようになっている。しかし、ヴァルターはその肖像画を受け取ることを拒否しマイスターになることを拒む。それでザックスは「マイスターを侮るではない」と歌い始め、マイスターの芸術を称え、それが民衆の合唱に引き継がれる。最高潮に達した時、再びエヴァがヴァルターに肖像画を渡そうとするが、エヴァがその肖像画を破き、地面に叩きつけヴァルターの手を取って退場する、という場面で幕となった。通常の演出とは違いマイスターの威厳は地に落ちたという結末だった。

 

 2019年に上演されたトゥーランドットでも最後にカラフとトゥーランドットが結ばれるのではなく、トゥーランドットが自害するという結末だった。その時にはこういう演出もあるかなと思ったが、今回のマイスタージンガーは疑問を感じた。最後までマイスターを拒否するならもう少しなにか伏線、例えば、マイスターに対する憎しみを露わにする場面とかでもいいし、そもそもここまでするのなら昨夜の内にザックスに見つかっても駆け落ちした方がよかったのではないかと逆に思ってしまった。あまりにも結末が唐突すぎると感じた。

 

 新国立劇場で聴くのは初めてだった。席は1階の後方で2階席が少し上に被さるところだった。声がどうしても少し遠くなる。ザックスとポーグナーバリトンとバスということだが、声だけでは区別が付きにくかった。

 歌唱でよかったのはザックスの部屋でマイスター歌曲を作ったときのヴァルターと五重唱の前のエヴァで、ザックスとポーグナーは終始、聴き取りづらかった。ベックメッサーの演技はとてもよかった。ダーヴィットは聴きやすかった。合唱は人数が少ないので物足りなさは仕方がないが、合唱が出てくる度に反って主催者の苦しい胸の内を感じてしまった。

 

初めてワーグナーの楽劇を生で観劇したが、いつかhitaruでも聴いてみたいと思う。