オーディオのこと 64(オーディオの衰退について)

 50年代60年代にはマッキントッシュマランツ、クォードといった有名ブランドの真空管アンプJBL、タンノイ、アルテックといった大型フロアスピーカーがオーディオの花形だった。しかし、一般庶民には高額すぎて購入できなかった。

 70年代になると日本メーカーが相次いでトランジスターアンプとブックシェルフのスピーカーを発売するようになった。トランジスターアンプは、それまでの真空管アンプに対してパワーがあり、歪率も少なく安価だった。ブックシェルフスピーカーはウーファーが約30㎝、重量が約30㎏のスリーウェイだった。新素材の材料でスピーカーの振動板を作り、海外製のフロア型スピーカーに比べると小型で周波数レンジも広く安価だった。

 国産のオーディオメーカーは、高額で購入できないオーディオ製品を、性能を高めたうえに購入できる製品にした。そのためオーディオの市場は急速に拡大していった。これが70年代のオーディオブームを牽引した。それに伴って真空管アンプが市場から姿を消し、いろいろな製品に使用されていた真空管トランジスターに取って替わられ生産されなくなった。

 普及価格帯にはレコードプレーヤー、AMFMチューナー、プリメインアンプ、カセットデッキ、フロア型スピーカー、ラックが一式で売られるシステムコンポがあった。それに対して製品毎に違うメーカーの製品で揃えることを「単品オーディオ」と呼んだ。ラジカセの次はシステムコンポで、10万円台からあった。当時としても決して安くはなかったが小遣いを貯めれば買えない額ではなかった。またこのシステムコンポは単品オーディオの入口にもなっていた。

 この頃、システムコンポを使用していた若い人たちにとって単品オーディオは夢に溢れていた。レコードプレーヤーならフォノモーターはこれ、トーンアームはこれ、カートリッジはこれというようにどのような組み合わせにして自分好みの音にしていこうかという夢に溢れていた。このスピーカーにはこのアンプがいいとか、こちらの方が相性はいいなどの記事がFM誌、オーディオ誌に溢れていてオーディオには「好きな音楽をいい音で聴く」という「夢」があった。

 82年にコンパクトディスク、いわゆるCDが登場する。非接触のレーザーで1と0のデジタル信号を読み取るのでもう音の違いはなくなるとメーカーは宣伝し、オーディオ評論家や音楽評論家もそう言っていた。それにも関わらず、CDプレーヤーが各メーカーから発売されるとどの製品も音が違っていた。それでもメーカーやオーディオ評論家は何の訂正もせず、デジタルになると音の違いはなくなるなんて言っていない、というような素振りをしていた。しかし供給側が音の違いはないということを訂正しなかったので一般の人たちはそのまま信じてオーディオ製品による音の違いを気にしなくなっていった。同じ音ならそれ以上はないからだ。より高額な性能が良いオーディオ機器でいい音を聴きたいという人たちがこの頃から急速に少なくなっていった気がする。この「デジタルは1と0なので音に違いはない」とメーカーが主張したことは結果としてオーディオ業界が自分で自分の首を絞めたと思う。CDプレーヤーが売れている時はまだよかったが一通り行き渡ると次はもうなかった。一部のオーディオ愛好家たちを除いて、一般の人たちはCDプレーヤーを一度購入するとそれ以上音を良くすることに関心がなくなっていった。

 CDはレコードのようにカセットテープにダビングしなくてもそのままカーステレオで再生できたこともあり急速に普及していった。CDの普及と共にアナログ製品は生産されなくなった。テクニクス、パイオニア、デノン、ビクターのレコードプレーヤーとフォノモーターがなくなり、トーンアームではサエク、FR、オーディオテクニカといったメーカーの製品がなくなった。カートリッジも大半のメーカーが製造を中止し、残ったのはオルトフォン、デノン、オーディオテクニカぐらいだった。

 レコードプレーヤーを始めとしたアナログ製品はぞくぞくと市場から消えていったのでレコードを手放す人も増えた。アナログ製品の生産終了は、かつて高級品だったレコードをこつこつと蒐集してきた音楽愛好家の情熱を無にした。

 90年頃のバブル期からの数年、国産の各メーカーは高級機器を出してきた。オーディオ市場が盛り上がるかに見えたが、バブルが弾けると大メーカーは相次いでリストラをするようになり、市場拡大が見込めないオーディオ市場から大手家電メーカーが相次いで撤退又は転業をしていった。東芝、日立、三菱、NEC、シャープ、ヤマハ、ビクターは撤退。パイオニアはAV事業に力をいれ、ケンウッドはカーステレオ、山水、オンキョーからは新製品が出なくなった。ソニーSACDを開発しCDの「二匹目のどじょう」を狙っていた。またこの頃、オーディオシステムにヴィジュアル機器を融合させようというA&V(オーディオ&ヴィジュアル)のマーケットも出てきた。ヴィジュアルを伴わないオーディオシステムを指す「ピュアオーディオ」という言葉も生まれた。

 電気製品におけるオーディオ機器の状況も変わった。かつては家電製品の中でオーディオ製品はかなりのウエイトを占めていたが、95年に「Windows95」が発売されると家電製品の中心はパソコンになり、オーディオ機器は世間の関心からも遠ざかっていった。

 オーディオ製品が売れなくなるとメーカーは様々なフォーマットの製品を出して新しく売り出そうとした。MD、Hi8、DATなどである。いずれも録音機能を備えていてカセットに替わる製品として売り出された。Hi8、DATは普及する前に姿を消した。MDは普及したが、iPodなどの携帯音楽プレーヤーやスマホが出てくると間もなく姿を消した。逆に近年はなくなりかけたカセットがまた出てきている。

 90年代末になるとCDの次世代フォーマットとしてSACDDVDオーディオが出てきた。DVDオーディオは192KHz、24ビットと従来のCDを遙かに上回る規格だったが普及することなく終了した。SACDもCDの規格よりも遙かに高い周波数を再生できる。CDはすべてSACDになるのかと思っていたが、思った以上に普及しなかった。ダビングができないため敬遠されたのかもしれない。現在では再生機の値段が高くなり、これ以上、普及することはないだろう。SACDが頭打ちとなった2000年代にはソニーもオーディオ市場から撤退していった。

 90年代半ばに大手家電メーカーがオーディオ市場から撤退した頃から、市場から全く姿を消していた真空管アンプが再び市場に現れるようになった。主にガレージメーカーや海外メーカーの製品だがオーディオ店の店頭にも展示されるようになった。

 89年に真空管アンプが欲しいとオーディオ店に行ったら店員から「今時、真空管アンプなんてない」という趣旨のことを言われたことがある。それが数年後には「真空管アンプもなかなかいいですよ」と言われるようになった。

 2011年にラックスマン、2012年に元マイクロのテクダスが再びアナログプレーヤーを出してきた。海外では試聴会にアナログレコードを使用するところが多く、SACDは全く普及していないという話を聞いた。

 また、この頃から音楽のストリーミングサービスとかCDをハードディスクにリッピングしてスマホタブレットで操作するという再生方法が出てきた。ネット配信サービスが始まって影響を受けたのはレコードではなくCDだった。むしろレコードは若い人たちを中心に売り上げが徐々に伸びていった。

 2020年にコロナ禍があり、2022年にウクライナで戦争が始まると物価が目に見えて上昇するようになった。バブル崩壊後、日本はデフレだったがオーディオ機器の値段はそれほど下がってはいなかったような気がする。それでもコロナ前まではそれほど割高感はなかったが2022年のウクライナ戦争後は原油の値上がり、原料の供給不足、円安などによりオーディオ機器の値上げが相次いで割高感を感じるようになった。

 

 以上、オーディオ業界の盛衰について思いつくままに書いてみた。「オーディオの衰退」には様々な要因があると思う。オーディオ業界そのものにも問題があったしオーディオを取り巻く環境も変わった。

 

●オーディオ業界の問題としては

1 デジタルは1と0で音に違いはないということを吹聴して訂正しなかったこと。これによりオーディオ機器をグレードアップしていく気概を失わせた。

2 高額にも関わらずこつこつと情熱を傾けて蒐集してきたアナログレコードの価値を無くし、アナログファンを顧みなかったこと。レコードを聴き続けたいという人からするとメーカーは信用できないという不信感を生んだ。

3 CDに味を占めたのか、次々と新しいフォーマットを出して普及しないと直ぐに生産を中止したこと。メーカーは購入した人が馬鹿を見るような製品を出しても羞じなかった。これもメーカーに対する不信感を生んだ。

4 かつて真空管アンプよりトランジスターアンプ、レコードよりCDが、それぞれ音がいいとメーカー、オーディオ評論家、音楽評論家は挙って主張していた。その結果真空管アンプとレコードは急速に市場からなくなりトランジスターアンプとCDが急速に普及した。

 それが、年月が経つと真空管アンプやレコードの方が、音がいいと言い始めるというのは余りにも節操がなさすぎる。なぜあの時トランジスターアンプの方が、音がいいと言ったのか、またなぜレコードよりもCDの方が、音がいいと言ったのか。メーカー、オーディオ評論家、音楽評論家は総括して改めて説明すべきだと思うが全くそんなことは言っていないような素振りしかしていない。

 

●オーディオを取り巻く環境の変化としては

1 ゲーム機、パソコン、スマホなどが出てきてお金の使い道がオーディオ以外へ向けられるようになった。それらの製品でも音楽が聴けたので相対的に単品オーディオへの関心が薄れていった。

2 以前はシステムコンポが単品オーディオへの入口だったが、パソコン、スマホは単品オーディオの入口にはなっていない。パソコン、スマホDAPなどでヘッドフォン、イヤホンで聴くことが主流になり、スピーカーで音楽を聴くという習慣がない人が増えた。そのため若い人たちがオーディオ機器に興味を示さなくなった。

3 80年代後半にバブルが始まり、土地の値段が急激に上がった時、マスコミは「都心に庭付き一戸建てを持つというサラリーマンの夢が遠のいた」と報じていた。この頃まで多くの人たちが一戸建てに住みたいと郊外の一軒家を求めていた。しかし、今では都心のタワーマンションに住むことがステータスになった。マンションでは換気口などから各部屋に音が漏れることがあるらしい。ある程度収入がある方々が住環境からオーディオシステムを入れられないということにもオーディオシステムが売れない原因があるのではないかと推測している。

4 70年代、80年代にオーディオが盛んだった頃は、中古品というと50年代60年代の真空管アンプや大型フロアスピーカーといった、いわゆるヴィンテージ機器が多く、その頃の現行品とは音の傾向もかなり違っていた。

 それが、2000年代に入りネット通販が普及すると80年代、90年代の国産アンプやスピーカーも中古市場に出てくるようになった。中古市場の需要の拡大は現行製品への需要を縮小した。20年前、30年前の機器でも現行品の機器とそれほど音が変わらないのなら中古品でもいいと考える人が増えた。

 

 ここまで「オーディオの衰退」につながったのではないかと考えられることを思いつくままに書いてみた。オーディオ業界や評論家がしたことは商売上仕方がなかったといえるかもしれない。オーディオを取り巻く環境の変化は「時代の流れ」なので仕方がないといえるかもしれない。

 しかし、オーディオが盛んな頃に比べて「自分が好きな音楽をいい音で聴きたい」という拘りを持つ人が少なくなったという感じは否めない。やはりそういう人が増えなければオーディオに興味を持つ人は増えないだろう。