オーディオのこと 45 (インサイドフォースキャンセラーについて)

 レコードの溝は、円の半径に対して直角にカッター針が進んでカッティングすることによって刻まれている。それに対してトーンアームは中心点を持ち、弧を描いて動くのでカッター針と角度のズレが生じる。これを「トラッキングエラー」という。このトラッキングエラーを少なくするためトーンアームには「オフセット角」が付いている。ストレートアームであればカートリッジが曲がって付いているし、S字アームであればアームが途中から曲がっている。これによりカートリッジはレコードを掛けている時はレコードの外周からターンテーブルスピンドルの少し先(このスピンドルと針先の距離を「オーバーハング」という)に向かって動き、その間、カードリッジの角度は半径に対して‘ほぼ’直角となる。そのためにアームの調整ではオーバーハングを正しく設定することによってトラッキングエラーを最小にすることができる。

 しかし、このオフセット角があるためにレコードを掛けると内側に引っ張られる力が働く、とされている。これが「インサイドフォース」というものでこれを相殺するために外側に引っ張る力を加える機構が「インサイドフォースキャンセラー」だ。各アームにはこの機構が備わっていてその値は針圧と同じであるとされている。多くのレコードプレーヤーやトーンアームの説明書には針圧と同じ値にインサイドフォースキャンセラーの値を設定すると書かれている。そのためインサイドフォースキャンセラーは針圧と同じ値で使用していた。

 

 フェーズメーションのPP-300というカートリッジを使用していたとき、購入してから2年ぐらいでカートリッジのカンチレバーが曲がっていることに気づき、オーディオ試聴会で、フェーズメーションの方に修理できますかと尋ねたら、インサイドフォースキャンセラーを使うと曲がってしまうことがよくあると言われた。カートリッジの針先はレコードの溝の中でグルグル回っているだけだからインサイドフォースキャンセラーは使わなくていいとも説明してくれた。また、もし内周部で歪むことがあるなら0.5グラム以内でかけてもいいが、歪まないのであれば使用しない方がいい、ということだった。

 これには本当に驚いた。今までオーディオ誌や取扱説明書に書かれていたことは一体何だったのかと思った。それからインサイドフォースキャンセラーを使うことは止め、カンチレバーが曲がったカートリッジも間もなく修理されて戻ってきた。

 インサイドフォースキャンセラーについては、ステレオサウンド誌202号(2017年3月発売)の特集記事「アナログレコード再生のためのセッティング術」のなかでオーディオ評論家の柳沢功力氏が詳しく解説されている。その趣旨を要約すると「インサイドフォースはレコードの外周と内周、および刻まれた波形の状態により刻々と変動する現象なので、定量的に捉えることは全く不可能である。そのためインサイドフォースキャンセラーはあまり意味がある機構ではない」と結論づけている。

 このとおりなら、インサイドフォースキャンセラーを針圧と同じ値に設定すると、針先は常に外側に引っ張られ外側の溝(右チャンネル)に押し付けられていることになる。これでは針先の偏摩耗にもなるし音のバランスも崩れることになる。

 

 2018年12月にグランツのアームに取替えたが、グランツの取扱説明書には次のように書かれている。「内周に針飛びする場合はインサイドフォースキャンセラーを多くかけてください。・・・特に針飛びを起こさないようでしたら、インサイドフォースキャンセラーは外しても構いません。(よりいっそうクリアな音質をお楽しみいただけます。)」

針飛びもしないのでインサイドフォースキャンセラーは外している。説明書のとおり音はクリアになった。

 

インサイドフォースキャンセラーが必要かどうかはカートリッジの針先やアームの性能にもよるので不要とまでは言わないが、かけるとしても0.5g程度、影響がなければかけない方がいいと思う。