令和2年7月14日、札幌シネマフロンティアでMETライブビューイング「さまよえるオランダ人」を観てきた。配役等は次のとおり。
オランダ人:エフゲニー・ニキティン
ゼンタ:アニヤ・カンペ
マリー:藤村実穂子
ダーラント:フランツ・ヨーゼフ=ゼーリヒ
エリック:セルゲイ・スコロホドフ
船の舵手:デイヴィッド・ポルティッヨ
休憩なしの約2時間半の上映だった。演奏についてはあるレベル以上の満足できる演奏だった。普通は気になる歌手が一人二人いるものだがそれは特になかった。ゲルギエフの指揮も引っかかる部分はなかった。
上映されたスクリーンはスクリーン3で259席、大きさは12.0m×5.0m、普段使われているスクリーン10は112席、大きさは8.1m×3.4mで座席数もスクリーンの大きさも約2倍だった。画面も大きくて見やすく、音も広がりがあった。
録音は声をよく拾っているので聴きやすい。スクリーンの真ん中から声が聞こえてくるが、舞台の端で歌っていてもカメラでアップにするので真ん中から声が聞こえてきても違和感はあまりない。二重唱の時は二人を映しながら左右から音を出しているのでこれもうまく録っている。この辺りはライブビューイングの経験の豊富さが窺える。
オーケストラは、舞台の前にオーケストラピットがあるようにスクリーンのやや下の方から聞こえてくるが、籠り気味であまり鮮明な音ではない。声の割にオーケストラの音があまりよくないのは映画館の音響設備のせいかと思っていた。映画館というのは声をよく聞き取れるようにするため、高域と低域をカットしているという話を聞いたことがある。だから映画館でオーケストラを聴くといわゆるカマボコ型の周波数特性になっているのだろうと思っていた。
しかし、世界中の劇場で配信されている公演のアーカイブを自宅のオーディオシステムで聴いてみるとやはり同じような周波数特性だった。ということはカマボコ型なのは映画館の音響設備のせいではなく録音の問題ではないかということになる。舞台上の歌手の声はマイクでよく拾えても、オーケストラピット全体の音はなかなか拾えないのかもしれない。
今はオペラもオーケストラもライブ録音ばかりになった。オペラの名録音というとショルティのニーベルングの指環全曲が挙げられる。デッカのカルーショーの指環として知られている。その頃はモノラルからステレオになったばかりで、まだニーベルングの指環の全曲録音のレコードはなかった。そこにステレオ録音の指環全曲のレコードを出せば当然それなりの需要が見込める。そうすると歌手やオーケストラを拘束するなど多額の費用をかけてセッション録音(ライブ録音の反対語)ができる。そうして録音されたレコードやCDは今でも名録音として素晴らしい音で聴ける。しかし、このシステムも20世紀末に壊れてしまい、今、出てくる大編成のCD、レコードはライブ録音ばかりになった。もう大多数の演奏家を録音のためだけに拘束する費用をかけても元が取れなくなってしまったのである。
かつてはニーベルングの指環全曲とかベートーヴェン交響曲全集のレコードやCDはそれなりに話題になり、それなりに売れていた。そのために時間と費用もかけられた。誰が録音したかもわかっていた。今、指環全曲やベートーヴェン交響曲全集のレコードやCDはどれぐらいあるのだろう。今でももうどれだけの録音があるのかわからないぐらい数が出ていて、新譜が出てもあまり話題にもならなくなった。一度世に出てしまったものはなくなることはないので、かつてのセッション録音の名演名録音の時代はもう戻ってこないだろう。